「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」
劇場公開日 2017年8月4日
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価格:5,280円 |
荒木飛呂彦氏の原作である漫画「ジョジョ」を日本の商業映画において、もっとも自由に撮れる三池崇史が撮る、という。
以前、「無限の住人」のレビューでも書きましたが、三池崇史にとって、漫画原作こそ真骨頂、と思っている僕からすると、「『観れる』映画以上、名作以下」ぐらいのモノになる、とは思っていました。
本来なら、この組合わせは、何らかの化学反応がおこるもの。あの残念な原作「テラフォーマーズ」をあそこまで面白く観れる映画に仕立て上げてしまうのが三池監督。

唯一の不安は「原作ファン」の存在。
彼らの映画「ジョジョ」への期待、あるいは評価、とはどうも「世界観の『再現』」らしい。そしてこのファンの数は「テラフォーマーズ」「無限の住人」の比ではありません。

映画は誰に向けてに作られるのか?本来はお客さんのためだが、作り手自身のため、というのもあろう。だが、「お金を出した人のため」という側面も当然ある。
これはマズイ。マズいぞ。
そこに「荒木」の「三池」の「黄金の心」は宿るのか?
ここから先は、原作ファンも、そして三池ファンも読まないほうがイイです。いち映画ファンとしての戯言だと思ってほしい。
荒木飛呂彦氏も三池監督もこれまでの作品群で、ファンの顔色を窺ったり、人気取りの行動を行ったことがない、とは決して言わない。
だが本作は、作り手が「模写」や「雰囲気」に力を注力し、ファンの顔色をうかがうような作品に「しようとしている」結果になった。
荒木氏と三池氏の組み合わせでこの結果は最悪だ。
だが、この作品を見て「まあまあ」という評価を下す「原作ファン」も「映画ファン」もどうかと思う。
今のところ、彼らにおいて好評な部分について、すべて逆の意見を言おうと思う。
神木隆之介の高校生はもう無理です。伊勢谷友介は線が細すぎ。
まあ、「コスプレ」と「スタンドの力」という意味では、この辺はどうでもよいかもしれない。
僕からすると杜王町は純日本の風景を持つ街だと思っている。だからこそのヤンキーの街であり、日常の中に恐怖が潜み、その日常の生活を守るために、少年たちが悪と戦う。というのがジョジョ4部の話だ。
日本ではないどこか、である必要は全くないし、むしろ逆だ。
第一わざわざ海外ロケに行ったところ、大して背景役に立ってない。どうにも「予算確保」にしか見えない。
本作、「最初の掴み」が悪すぎます。「一見さんお断り」というか、「一見さん来たらラッキー!でも不親切でごめんなさいね」という半分詐欺まがいなつくり。
そもそも原作も本作のあたりは、設定がかなりいい加減だし、盛り上がらない。ラストが変わっててどうのこうの、言うより、全編、ひねりが何もないので、こちらは登場人物の初登場場面でニヤニヤするだけ。
ファンが「ただ後追いするのみ」のストーリー。
CGのアラをごまかすためか、全編画面が暗い。この暗さは原作第4部のカラーではないですね。まあ、それを置いておいても、ヤンキー映画の名手であろう三池監督が、ヤンキーのでる映画でここまで映像面でビビっているのは観たことない。
漫画らしい決め画もないし、映画ならでは、な構図もない。
「ジョジョ立ち」しろ、とは言わないが、ヤンキーとジョジョ立ちって意外に相性あうと思うので、三池らしい「おふざけ」が一切なくなったのは本当に悲しい。
CGであることははじめからわかるのだから、もっと「カラフル」に「ファンキー」であるべきだ。多少違和感があっても、というより、「違和感」が本来この作品を楽しむ大きな要因ではなかったのか。
バッドカンパニーのビジュアルを絶賛している人が多いが、あんなの「CG技術」であって、作家性ゼロですよ。
「黄金の心」を持った、「荒木」と「三池」の「奇妙」な「冒険」が見れないようでは、いち映画ファンとしては、本作全く見るべきものがないし、続編は全く見る気が無くなった、というのが結論。

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